ごきげんいかがですか。
わたしは、なんだかんだで今年の12月に卒業できるかもしれません。
さてさて旅の記録。
(写真はいまだに現像出せず。その前にあんまり撮ってなかったから)
目指すは1月9日にグアテマラシティ。あとは一切計画なし。
しいて言えば、
-Tica Busなどの長距離バス(Greyhoundみたいなの)は使わない、(高いし冷房がんがんだし、旅行者用の便利なバスなイメージだから)
-「レストラン」には入らない、(単に私がそれに見合う金とグルメな舌を持っていないだけ)
-タクシーはなるべく使わない。(交通は公共がいちばん)
また
+そこに住む人が使う乗り物を使い、食べ物を食べる。
+人のメッセージに耳をかたむける。出来る限りの人と話す。
+買い物に気をつける。なるべくフェアなものを。
そんなことを頭に入れて、出発。
モモトンボ火山とニカラグア湖の湖畔、Momotombo, Nicaraguaコスタリカでの授業が終わった次の日
荷物のパッキングをしてたり ホストファミリーにちらし寿司をつくったりして最後の夜を過ごし
その次の12月21日に、冬旅はじめました。
家族の家を朝の4時に出て、ニカラグア国境までのバス乗り場までタクシーで行く。
(学んだこと、タクシー編:タクシーの運転手と話すのは楽しいけれど、その分遠回りされてメーターの値段を稼がれる。なので無愛想にしていた方が得。一方で交渉制だと、しゃべって仲良くなった方が得。)
が、途中で降ろされる。
しかし運良くその場で会ったおじさんに、ペニャス・ブランカス(国境)行きのバス乗り場まで連れて行ってもらう。
彼には、のちのち二度も助けられることになった。
バス乗り場に着くと、ニカラグア人の長い列。ざっと2時間待ち。
並ぶしかないのかな、朝早く来てよかったな、なんて考えていると
一緒に来たおじさんに、おいでと言われ、彼は何食わぬ顔で、チケット売り場の直前へ横はいり。わたしも後ろへついて入ってしまった。ラッキー。
無事にバスに乗り、国境へ到着。
が、しかし
国境はその何十倍の人々であふれかえっていた。
何人いたか見当もつかない。列を逆にたどって歩いてみても最後尾にぜんぜん着かない。
並んでいたらきっと丸一日はかかる。わたしの旅は3週間しかないのに。
どうしたもんかと途方にくれていると、さっきのおじさんに遭遇。
荷物を受け取ったりしていたらしい。
どうするの?と聞くと、彼は通るのにパスポートもスタンプもいらないと言う。
(いったい彼は何者なのか、最後までわからずじまい。)
それはさすがに着いていけないなぁ なんて言っていると
さっきみたいにばかなやつ見つけて入っちゃいな、と言われた。
出入国管理の前はフェンスで囲ってあって、一定の人数だけ中に入るようになっている。その時、ちょうどフェンスが開く時で、列がちょっとした団子になった。今だーーー
入れました。
後ろの人にさっきこの中国人いなかったよね、なんて言われても
ごめんね、ありがとう といって笑顔でかわす・・・ ごめんなさい
何時間待ってたの?なんて超annoyingな質問をして後悔するも
5時間くらい、と答えてくれた。 ・・・案外そんなもんか。
(学んだこと、バス編:長距離バスは好きじゃないけれど、出入国手続きをスタッフが一気にやってくれるので、ニカラグア-コスタリカ間は、シーズンによってはきっととっても便利。他の国境は全然並びませんでした。)
無事に出入国も済み、問題はここからマナグアまでどうしよう。定期的に、普通に出てるバスはなさそう。
駄目もとで長距離バス、Transnicaが出発しそうだったので、5ドルでマナグアまで連れて行ってくれないか、交渉。そしたら意外とあっさりOK。でも席がなかったので、一番後ろの、席と席の間の通路に腰をおろした。
マナグア、グラナダは11月に行ったので、今回は素通り。現時点での目的地はレオン。でもマナグアに着いたのが夕方5時くらいだったので、マナグアで一泊しようかレオンに行ってしまおうか(レオンまでは所要2時間ほど)迷ったけれど、結局レオンへ向かった。
レオンに着いたときにはもう日が落ちてまっくらだった。
バス停は地球の歩き方の地図外で載ってないし、おなかはすいたし
タクシーの勧誘はしつこいし
とりあえず屋台のおじいさんを見つけたので、ごはんとチキン、サラダを頼む。
ごはんはぱさぱさだし、チキンは冷たいし、サラダはちょっと不安だったけど、
空腹だったので、別に気にせずぜんぶ食べる。計1ドル弱。
この辺でユースホステルある?と聞くと、あるよーと、2つ3つ教えてくれた。
10時まで空いてるから分からなかったら戻っておいで、と言ってくれ、別れる。
ホステルは簡単に見つかった。でも一泊10ドルくらいした。
シャワーは水な挙句、その水も出ない始末。コンクリートの壁をゴキブリが通ったのには参ったけれど、なんとか就寝。
次の日は、レオン市内を見てまわろうと思い、ホステルをあとにした。
中央公園に行く途中で、市場を通る。
レオン、グラナダ、その他小さな村なんかは、農作物を運んだり 足にしたりするのに、馬を使う。また、三輪自転車のタクシーもたくさん走っている。
市場は、狭い道を そんなものががたがた走っていて、人であふれかえっていてとてもにぎやか。野菜や果物、豆や米なんかが並んでいて、ちょっと中に入ると、肉(小さい豚や鶏がまるごとつるしてあったり)や魚、卵、チーズなんかも置いてある。
市場を抜け、中央公園へ。
レオンは植民地時代のなごりがのこっている都市で、建物はコロニアル調、教会も豪華なものが多い。道路は石畳で、家々の柵の模様がとてもきれい。
道行く途中である女の人からパンを買う。Pan de lecheといって、パンなんだけどぽにょぽにょもちもちした感触。公園に着いたら食べようと思って手に持って歩いていると、
荷車の上で寝ていた男の子に会う。
呼び止められ、腹減ったからそのパンちょうだいと言ってきた。
たった今買ったばかりなのにあげられるかい、なんて思ったけれど、
わたしも食べたいから半分ね、と言ってはんぶんあげた。
美術館などを見たあと、またその通りを通ると、その男の子はまだいた。
名前はFransisco。パンおいしかった?と聞くと Si!と答えてにかーって笑った
その笑顔でわたしはおなかいっぱいです(パンもはんぶん食べたけれど) ありがとう
レオンからバスを2つ乗っていったところに、世界遺産の遺跡がある。
午後はそこに行こうと思ってレオンをあとにした。
だがレオン・ビエホ(遺跡の名前)へのバス停がわからず、聞いてもみんな適当なことを言うのでよくわからない。最終的におじさんがバス停まで行くトラックバスを教えてくれた。値段も一緒に(3コルドバ)。
バスを捕まえ、車掌が値段を言ってくる。「10コルドバ」
あほかい、といって3コルドバ払う。10コルドバでも50円くらいだから、払ってしまう旅行者もいるんだろう、前もって教えてくれたおじさんに感謝。
レオン・ビエホへは、ラパス・セントロで降りて、モモトンボ行きのバスに乗り換える。
だがバスの中はぽかぽかしていて風も気持ちよかったので、爆酔していた私はラパス・セントロを乗り越した。
結局ラパスへ着いたのが2時ごろ、モモトンボ行きは3時45くらいに出発だという。
レオンビエホが閉まるのは確か午後4時とか。この辺にはホテルはまったくない。
どうしようと思っていたら、ラパスで、ある家族と知り合った。
お母さんの名前はSandra、男の子はWilson。8歳。
バスが来るまでWilsonと、落ちていたプラスチックのスプーンと石で、ずーっとぱちんこをして遊んでいたり、Sandraとお話したりしていた。
レオンビエホに行きたいんだけど、ホテルとかないんだよねぇ?と聞いてみると、
なんと、うちに泊まっていいよ、と言ってくれた。
バスでラパス・セントロから40分くらい、
モモトンボはとても静かな村。湖に面していて、湖畔は砂が黒い。道路はバスの通るメイン道路しか舗装されていない。乾季は砂が舞い、雨季はぬかるんでたいへんだとか。
近所づきあいはとても多くて、Sandraはすれ違う人みんな知り合いみたいだった。
Sandraの家族と、晩御飯を星空の下で食べた。家族は今女ばっかりで、お父さんも息子たちも仕事でマナグアまで行っているらしい。クリスマスには帰ってくるんだよ、と話してくれた。
次の日の朝、その家族のもとを去り、レオンビエホへむかった。
ニカラグア編、
長いので続く。
おやすみなさい。