http://ameblo.jp/megustachai66/
新しいブログつくってしまいました。
心機一転、だけど引き続き書いていこうと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

:)
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# by liberta_textile | 2009-04-20 07:00
すっかり春ですne。高いとこによじ登りたくなる天気です。


夏の予定をまとめてみます。
5月12日より8月20日まで日本に滞在し、

1、就職活動
2、NGOインターン
3、短期のバイト

この三つに精を出そう!と考えているところであります。
東京に住まなくてはならないのかしら。

優先順位は上記の通り。ところがスケジュール的に先に決まってくるのはおそらく2番になると思うので、週3でインターン、週2でバイト、説明会、面接を決まり次第随時入れていく、といった感じで進んでいければいいな、と思っている次第です。
インターンは、帰ってから面接なのでまだ決まってないけれど。

あとはスペイン語検定を受けます。DELEってやつ。
しょっぱなから上級うけて大丈夫かなぁ。
一応今学期readingもhearingもwritingもずっとやってきたけれど。

盛りだくさんですが、これくらい盛り込んでいった方が時間を無駄にすることはないと思うので、このまま頑張ってみようと思います。

セメスターもあとちょっと!

今セメは反省の残る学期でした。。。


※近いうちブログ引っ越そうと思ってます。
記事もたまってきたし。おそらくアメーバあたり。


以下反省記。個人的なことなのでつまらないと思うけども、まぁ読んでやってください。

More
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# by liberta_textile | 2009-04-16 09:45
雨だーーーーー! しとしと降ってます。夜の雨って落ち着くね。

最近週末家にこもりがち。キャンパスが遠いし、ごはんもあるし、気分転換できるものもいろいろあるし。
ギターうまくなりたい。Drawingももっと物質的なものがうまくかけるようになりたい。

ふろふきだいこん作って食べた。
やっぱり大根は野菜一なんじゃないでしょうか。美味!

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# by liberta_textile | 2009-04-13 14:00

CHE

見てきました。

わたし的にはちょっといまいち。。。
特に大したこと書けてないけれど、
微妙にネタバレかもしれないので、Moreに書いておきます。

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# by liberta_textile | 2009-04-06 10:46
スペイン語が今すごい楽しい。
忘れたくない もっと磨きたいー

旅行の思い出がふらり。
そしてちょっと前から思っていた自分の中の旅行のこだわりが言葉に現れてきた。

その国の言語が喋れないのに訪れる旅行はただの観光だ。

これ結構当たってるんじゃないかしら
日常会話だけでも喋れるようになれば、旅はぐっと深くなる。

そしてそこまで深くなった旅が、わたしは好きなんだ きっと。
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# by liberta_textile | 2009-04-04 17:05
になりました。

おとといは、20℃くらいだったのに、昨日はなんと雪が降りました。
びっくり。

グランドライン化現象 とでも名付けましょうか。

金曜日に、就職活動のための面接の練習をさせてもらえることになったんですが、
昔JAKのメンバー決め面接で一言も喋れなかった私は、もう 面接 という言葉だけで
心拍数が尋常じゃなくなってしまうほど、小心者そして緊張しい。

とりあえず自己PRだけ考えてきてね!と言われ、わかりました とはいったものののの

一応強みとか考えてみたりして。



最近は、体内がきっとひどい状態なんじゃないかな。
ひどすぎて肌にも現れてきてしまった。
なんだか追われていてごはん作る時間ももったいなかったから おかしでしのいでいた。

でも青汁を飲み始めたから、これがまた調子を整えてくれるでしょう。
これとりんごさえ食べていれば、なんとか肌は元に戻る・・・かしら?

今の就活のキーワードは、公益資本主義。
コスタリカで3ヶ月間暮らして、中米の国を貧乏旅してからというもの
ゲバラやZapatista、共産主義 マルクス主義にすごく共感と尊敬を覚えたわたしは
目先の利益優先、儲かる人だけが儲かるようなシステム
そんなイメージを、企業 に対して持っていて
リクナビで企業のページを見るたびになんだか企業で働くのはあんまりすすまないなーと思っていました。
でも、日経ビジネス(なんか無料購読一年分当たったから読んでるw)で、
原丈人という人の公益資本主義のコラムを見てから、
もしかしたらこれかな と思い始めた。

これから、きっとこの理念は普及されていくだろうし
どっちにしろどこで働くにしても全ては連帯されているので
「企業」という概念を毛嫌いしてはいけないけれど、
このキーワードを軸に、企業を見ていきたいな と思った次第であります。
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# by liberta_textile | 2009-04-02 13:36
昨日、紛争解決学の授業で、
ホームレスの人々の施設で働くおじさんが、講義をしに来てくれました。

アメリカ人てなんでこんなにスピーチうまいのかね。
日本人もうまい人は沢山いるけども。

ホームレスについて、ネガティブなイメージを持っている人は結構多いんじゃないかな、
と話し出します。

わたしたちの一般的な、ホームレスの人々に対する悪いイメージといえば、
Drag, Alcohol, Tobaccoとか何かしらAddictedである とかですけれど
それは、NYCとかLAとか、大きな街のほうが当てはまると思います と。

大都市と、郊外とでは、ホームレスの特徴が違う、と彼は言いました。

リンカーンには200~300人くらいホームレスがいて、
その中には、こども、女性もたくさん含まれている。中には家族丸ごと、という人たちも。

その施設は、食べ物、服など生活に必要なものを彼らに提供していて、
ホームレスから抜け出すためのワークショップもやっている。

一番の問題は、ティーンネイジャーのホームレス。
彼らに対しては、私たちはすごくHelplessだ、と語る。
素直に施しを受けるのが難しい年頃で、すぐ出て行ってしまう。
そしてドラッグ、タバコ、アルコールに染まってしまう。

でも基本的には、彼らは助けを必要としてる。
PovertyのSolutionは、Public、つまりわたしたちにある、と彼は力説した。

"We really need to give them what we are (as profession or occupation), what we have, and they need to receive."

あってる間違ってるではなく、自分がそれを信じているかいないかで、説得力は生まれる。
ほんとに信じたら、他人を動かせられるんだな、と思った。

ホームレスの問題は、難しいけれど、
一時的な駆け込み寺と、そこでのワークショップ、そしてPublicの対等な接し方、
これらはきっと問題を解決できると思った。

ちなみに、路上にいるホームレスに小銭をあげることは、やめなさい と言われた。
それらの99%はアルコールやタバコの足しになるだけだから。


なかなか素敵なレクチャーでした。

そして、もうひとつ心にひっかかったことがある。

彼は、一番最初に話し始めるとき、「みんなはPovertyやHomelessのissueに興味はありますか?」って聞いたんだ。
あれほどPublicが解決策を持ってると強く思ってるのに、
それを、俺は正しいことしてんだから、みんなも同じようにするべきだ とは言わずに
自分が信じたことを、静かに実行してきたんだろうな。

彼みたいな人になりたい と思いました。
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# by liberta_textile | 2009-04-01 01:43
日本の治安もなんだかよくないね。

久しぶりにYahooニュースみたら、見ず知らずの人を刺したり 殺したり 乱暴したり
昔行ってた高校がある町でも、殺人事件が起こったみたいで
殺されてしまったのは78歳のおばあちゃん。
しかもなんやおかしな殺され方を・・・
一人で外歩いてたら危ない国になりつつあるような。

日本やアメリカと、
たとえばコスタリカやフィリピンでの犯罪のタイプ的違いは結構わかりやすい。
さらには紛争地はまた違う意味での治安の悪さだよね。


平和とは、国民の幸福量できまる。
幸福量の基準は、いったいなんだろう

存在するもの全てが要因になっていると思う
所得 だってそのひとつだし
満足感 だってそのひとつだ

でも
人から盗んで所得を得る人もいるし
誰かを乱暴して満足感を得る人もいる
彼らは他人の幸福量を下げる。
だったら、彼らが間違っているんだろうか。悪いのだろうか。

ここで、彼らが間違っている と思ってしまうわたし達は、正常 と判断される。
上記のようなことを肯定し、実行する人たちは、間違っているとされ、法によって裁かれる。

法 というのは、人間の倫理観から作られたものなんだと勝手に思ってる
それが絶対的に正しいとは、きっと誰も証明できないはず
でも、秩序をつくっていき、大多数が認める倫理観に基づいて善悪を判断していくことで 社会が作られて、
少なくともわたしは生きていくのに必要なものを得られ、生命を脅かされることに恐怖を感じることもなく、毎日生活できている。
だからわたしは法に逆らいもしないし、憎みもしない。法によって不自由を感じたこともない。

でもそれが出来ない人もいる。
つまり、今の社会の秩序は、彼らにはうまく作用していない ということだ。
そりゃこれだけ人間いたら、違う倫理観持った人もいる
他人の幸福量下げるような人たちは、裁かれるのはしょうがない と思う

でも わたしが注目したいのは、
わたしたちと同じ倫理観を持っていて、わたしみたいに 生きていくのに必要なものを得られ、生命を脅かされることに恐怖を感じることもなく 毎日生活することを望むのに、それが出来ない人々。

なぜ彼らにまで法がとどかないんだろうか。
法の目の届かぬところで他人の幸福を奪う人 会社 国(←矛盾)
”無法地帯”という言葉があるように 秩序が届かない場所がある
それをなくさないといけない

この前のスピーチでUNLに来たde Klerk氏は
民主主義と法による規制が、第三世界には必要だと言ってたけど これはこういうことだと思う。





そこで本題(前振り長い!自分でも忘れてた)

問題は、最近の日本やアメリカの犯罪が その法を利用して起こっていることだ。
「死刑になりたかった」といって 他人を巻き込む事件が最近日本であったらしいけど
捕まるために実行した犯罪が、結構目立つ。

明らかに彼ら自身に幸福量が足りていない。

でもその辺は心理的、精神的要因なので、管轄外。(そもそもわたしの管轄なんてあるのか。)
その辺は途上国の方が、心の豊かさは「発展」していると、思ったりもする。

どっちが発展しているとか、基準によってころころ変わる。
たぶん、わたし達は、発展してはいない。
みんな同じ。
わたしがホンジュラスやニカラグアであった家族から学んだことは沢山あるし、
日本もアメリカも、ブラジルやキューバ、ケニアとかから学ぶことは、
それらが日本やアメリカから学ぶ量と、きっと全然大差ない。

今いちばん平和な国々は、北欧のほうかな、なんて想像したりもする。
あの辺ではいったいどんな国内、地方ニュースが毎日流れているんだろう。
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# by liberta_textile | 2009-03-25 14:19
高杉さーーーん



この世は 如何に面白く生きるか 

と、教えられる。

そのために必要なことを身につけ、
まわりが そこまでするのか、と思わせるところまで行けたら、立派だと。

くそーーーかっこよすぎる

わたしが目標としている人たちは 一人残らずそんな感じだ。

わたしの人生 どうしたら面白くなる?
面白そうなこと 考えたらわくわくしてくること
たぁーーーーーくさんある

そのためにしなければいけないことも
たぁーーーーーくさんある!

そしてその中で
やる前から不可能だと言い切れるものなんて
ない!

どんどんどんどん前に進むこと
わたしはこんなに自由なのに

踏み出すことをこわがり 躊躇し そして頭の隅へとおいやって 忘れてしまう
わたしの敵は そこだ


ついに!ついに!たゆたうを見てしまった。。。
興奮しすぎて心臓が痛い!
その人の楽しさが 人を巻き込むパワーってほんとにすごい
楽しさの波紋 それから爆発
すごい すごい すごい!

もっともっと 魂磨かなきゃ
もっともっと 全力で生きなければ!


そんなことを言っても、実際今セメはモチベーションが全てから回りしています
なにやっても全然うまくいかなくて。
なにがいけないのか全然分からない。
ストレスたまりまくりだし いろいろタイミング悪すぎだし
とりあえず乗り切るしかないな

まぁ色々学んでることもあるから、
悪いことばっかりじゃないんだけど。
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# by liberta_textile | 2009-03-19 05:59
わたしの知り合いの中で、
このひとと このひとは 絶対ものすごく仲良くなれると思う!

とおもう人たちがたまにいたりする。

でも彼らはもちろんお互い知らない。
もしかしたら偶然出会うかもしれない。
でも一生出会わない確率のほうが大きいだろう
ただの私の印象なので、会っても別にそこまでお互い惹かれないかもしれない。


なんだか面白いなぁ

とおもうのでした


そのお互いを知っているわたしは
また別の人間で

だれか私と気の合いそうな人間を知っているかもしれない


すごく近いすれ違い

偶然とは。



GREEN TEA WITH YUZU っていうエナジードリンク、気持ち悪いからおすすめしません。
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# by liberta_textile | 2009-03-11 11:56

Che

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日増しにアメリカ大陸に惹かれていく私です


今日、Cheというビデオを授業で見ました。

Ahora estoy enamorada de Ernesto.

彼の魅力はいったいなんなのか?
彼だけに限らず、革命家の共通点として すごく魅力的なのは
国のため 市民のために 常識、法、政府なんて関係なく
自分の信念を貫き通すところだと思う

あぁなんて陳腐な言葉しか思い浮かばないんだろー 悲しい!

革命とはまさに 人間個々人の思想が国を揺り動かすほどのパワーを持ち
それが他の国の革命家たちにも伝わり
大陸自体に旋風を巻き起こしていく

別に個人的には そんな規模はどうでもよくて

彼ら自身の内部にある情熱やパワーや時代の風潮に従わない確固とした思想
生きることが戦いであること
なんて濃い人生なんだろうか!!

淘汰されない、色あせない思いは ラディカルくらいがちょうどいい きっと
そのくらい強く思わないと 変えられないものがある

自分の利益のためではなく 国のため 社会のため 底辺にいる市民のため


久しぶりに胸が熱くなりました。




思いを 強く。
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# by liberta_textile | 2009-03-05 03:40
memo

相対的判断、比較的判断が、遅すぎる結論を生む。
「前の方がよかった」と、その前のものがなくなってから言うこと
-前のものがまだ機能している時にはその評価をくださなかったにも関わらず。

そのものそれ自体の評価、他との比較をしない、というのは頑張っても不可能かしら
とちょっとアインシュタインにたてついてみる
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# by liberta_textile | 2009-02-20 15:34
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今週Exam4つ受けて ペーパー3枚×2書く。
ひどい・・・その半分は自分のマネジメント次第で先週に終わらせられたのに
先週は先週でまたテストと課題に追われていた気がするけれど

あほすぎる。


授業、今セメも4つ。取る授業がなくてこれ以上取れませんでした。
その中の二つはスペイン語で、音声学とラテンアメリカのカルチャーのクラス。

音声学は、Literatureが嫌で取ったんだけど、おもろい。
英語もそうだけど、同じ言語なのに地域が違うと発音や単語が全然違ったりするのね。
それは先住民族の言語や、近郊の国々の言語の影響などなど
またお国柄の影響もあるようで

コスタリカでは、コスタリカ人しか使わない単語をいろいろ教えてもらって、それらは俗に
「Costarrisencismo」と呼ばれます。

きっとPanamenismoとかHondurenismoとかもあるんだろうな。

スペインの方や南米とかでは、子音の中に英語のthやshの発音もあったりして、例えば
yo (わたし) は「ジョ」もしくは「ヨ」 なんてよく聞くけど 一部では「ショ」と発音されたり
silla (椅子) は「シジャ」とか「シヤ」だけど、その地方だと「シシャ」になったり


そしてカルチャーのクラスは、主にHistory。
マヤ、アステカ、インカから始まって、スペインやポルトガルの征服、そして独立まで。
これが全てだと思っていたわたしは、びっくりしたのが、
テストが5つあって、今週2つめが終わったんだけれど、もうすでに彼らは独立してしまった。
ペースがめちゃ速い。
アメリカとメキシコの戦争とか、自由貿易協定とかも後できっとやるんでしょう。

もっと古代文明をじっくり味わいたかったわたしとしては、ちょっと残念・・・


後の二つは英語の授業で、
Conflict ResolutionとWorld Food Economics。

はっきりいって今セメ楽しい授業ばっかりです。教授もいい人ばっかりです。

Conflict Resolutionの授業は、教科書が4つあって
一つ目がConflictのセオリーについて
二つ目が実際の世界紛争のケースについて
三つ目と四つ目が、Mediationについて

今Conflictの理論の勉強が終わったところで、今週から2冊目の実例。
これもそうだけど進むのはえぇ。来週もう2冊目のExam。

World Food Economicsは、Food Systemの歴史と現代のFood Systemについて。
Food Distributionの不平等の解決点は?
どうしたらSystemをSustainableにできるのか?
みたいなトピックで。


ところで授業の話題が日本のことになる度に
どきどきそわそわしてしまう。
Is that right?っていつ聞かれるかと。。やばい知らなかったらどうしよう!みたいな。

本気で日本のことももっともっと勉強しないと。

勉強したいことって後から後からどんどん湧き出てくるから、
知りたいと思ったことをあとに延ばしているといつまでも無知のままになってしまう。
たまに疑問をもったことだけで満足してしまったりする あほだから
でも
気をつけないと一生何も知らないままで
好奇心が放棄されたままで
かわいそうだし悲しいしもったいない。ね。
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# by liberta_textile | 2009-02-20 04:50 | NE, USA

昨日、大学敷地内の講堂で、E.N.Thompson Forumというものがあって、
(毎セメスターあるらしいけれど)

ゲストスピーカーが、Frederik Willem de Klerk氏でした。

彼は南アフリカ連邦前大統領、南アフリカ共和国初代副大統領などなどを務め上げ、
実質的にアパルトヘイトを廃止した人物でした。
そして1993年に、Nelson Mandela氏と共にノーベル平和賞を受賞した人でもあります。

Frederik Willem de Klerk


そんな人の話を生で聞けたことに終始感動していました。

すごく印象的だったのが、演説のパワーはさることながら
世界はこれから絶対にいいほうへ向かっていく という信念の強さ
俺らが世界を変えなくて誰が変えるんじゃい という使命感の強さ
なんだか一寸の迷いもないような、まるでそれが当たり前のような
そんな話し方をしていて、
聞いていると自然に背中を押してもらっているような感じがして
もう聞きほれていました。

具体的には、
nation-state solution(which brings the resolution of conflicts to all countries)
unity rather than separation
(ちょっと時間がないのであとで詳しく)



そして今日Conflict Resolutionのクラスで、
このフォーラムの話から始まりました。
みんなImpressionを色々発言して、教授がそれにまたコメントして、という形。
後半は、ずっと教授が話してたけれど、
彼の話もまた聞いていて一人で泣きそうになっていた。

"In this decade, we've had so many crimes against humanity.
100 million innocents, not armies, soldiers, just INNOCENTS, have been killed. And it'same as the 1/3 of US population. Think about that, one-third of you get killed....and imagine if we are neighbors and from oneday we start killing each other.......it's horrifying. Just think about that."

授業は100人くらいの大クラス、その中の1/3が殺される世界を想像する。
授業中、みんな何も喋らず先生の話を聞いていた。

また、

"Genocide in Ruwanda was the most efficient removal of humanity in our history, without high technology."
ルワンダのジェノサイドは歴史上最も効率的な人間の排除である、と。ハイテクノロジーなしの。
100日間で何人死んだんだっけ、メモらなかったから忘れてしまった。けれど
Even a bomb wasn't used. と。


想像すると、悲しくなって泣きそうになるのは、他人事だからだと、また思う。
もし実際に自分がその身になったとしたら、泣いてる場合じゃないだろう。
何も考えずに逃げて、逃げて、つかまったら死ぬ、ただそれだけなんだろう。


人を魅了する演説者になりたいもんだ、と思った日でした。


最近髪型をドレッドにしてしまった。うふふ うれしすぎる
仕上がった日はなんとBob Marleyの誕生日でしたとさ。 うれしすぎますよ
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# by liberta_textile | 2009-02-12 12:48



街灯のせいで空が赤い夜、雲はその色に溶け込んでしまうでもなく白さを保って目の前を流れていく。
星が見えずに気分が落ち込むと、雲は一瞬だけ励ましてくれるかのように月の光を見せてくれた。
思わず口が動く。ありがとう、と。
月と太陽にはほんとに結構感謝です。




さて、旅の記録、続き。
ホンジュラス編でしたね。
なんだかもうすっかり昔のことみたいで、思い出すのもなんだか大変。
(旅中日記書いてたから一応記録としては残っているけれど)

d0088741_1357412.jpg

Artesania(民芸品)で有名な、Valle de Angelesの村。Honduras


Amparoに連れられて、わたしは彼女と出会ったPulperiaのはす向かいの門をくぐる。
門の先は、道が段になっている。
その道に面して家が幾つか並んでいて、少しあがったところに彼女の家が。

家の入り口には大きな犬が座っていた。
彼女は旦那を呼び、その人物らしき人が出てくる。
Hola China! とお父さん。 Buenas Tardes.とわたし。
とりあえず中に入んなさいよ、と促され、中に入りいすに腰掛ける。
入るとすぐキッチン、だがとにかく狭い。
お父さんは気さくな人で、コスタリカのホストファミリーのパパを思い出す。
「Tengo muchos amigos chinos (I have many chinese friends)」 と彼はニコニコしながら話す。
なるほど、だから連れてこられたのか、と納得。
どこから来たの?と聞かれ、日本から、と答えると
顔がぱーっと輝いて、そーかそーか!と。
その後もいろいろ質問され話していると、娘たちが帰ってきたらしい。

Hola--!と女の子二人。
その家族は子供が4人いて、2人女の子、2人男の子。
長女は同じくらいの年(21)に見えたけれど、実際30才。
次女はこれまた同じくらいの年に見えたけれど、実際なんと15才。(!)
美人姉妹、そしてどちらも大学生。

まぁ今夜は遅いから泊まっていきなさいよと、彼女たちの部屋へ案内される。
外の階段を上って上の階へ。ちなみに前の日記の写真はこの階段のところから。
夜は圧倒されるほど、夜景がきれいに見えた。

シャワーあびてもいいよ!と言ってくれ、かなり汚かったわたしはベッドを汚してしまうよりはシャワーを借りてしまったほうがいいな、と思い、借りることに。

お湯出せるけど使う?と聞かれ、そこは丁重に断わった。

水は冷たかったけれど、シャワーが浴びられたことに感謝して、水浴び。

彼女たちの部屋はダブルベッドがひとつ、ベッドの回りに仕切りがベニヤ板で二枚。

そのベニヤには鳥の絵が描かれていて、「これは一番上のお兄ちゃんが書いたんだよ」 と
妹の方が教えてくれた。すごく上手。

時計を見るともう夜中の1時を過ぎていた。
いつもこんな時間に寝るの?と聞くと、うん、だいたいそうだよ と。
ニカラグアとだいぶ違う感じ。まぁ首都だしな。
その夜は3人川の字になって就寝。いろいろ話していたけれどいつの間にか眠っていた。


次の日はクリスマスイブ。
朝起きるとお姉ちゃんはもうベッドにいなくて、妹の方はまだすやすや寝てる。
階段を下りてキッチンに行くと、お母さんが豚をまるごと焼いていた。
Buenos Dias!何してるの?ときいてみると、クリスマス用のご飯を作ってるんだよーと。
朝ごはんあるから食べな、とご飯をもらってしまい、食べる。
するとお父さんがパンを片手に帰ってきて、
「魚買って来たよ、Rukoって名前の!」とうれしそうに言ってきた。
わたしはびっくりして、これわたしと同じ名前!?と聞き返す。
Vamos a comer ruko!! あっはっはーー なんてみんなで笑っていると、
お姉ちゃんが帰ってきた。
「Ruko, Valle de AngelesとSanta Luciaを案内してあげるから行こう!」と言われ、
2人が朝ごはんを食べた後、そこに連れて行ってくれることに。

わたしとお姉ちゃんと妹と3人で、車を小一時間ほど走らせ、その2つの村へ出かけた。
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# by liberta_textile | 2009-02-09 14:01 | Honduras '08~09
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家のベランダからの景色、Tegucigalpa, Honduras


国境の町、Guasauleから首都のTegucigalpaを目指す。

GuasauleからはCholutecaという町までバスが出ていたので、それに乗る。

となりのお兄さんに、どこまで行くの?と聞かれ、
ウティラ島まで行きたいんだ、と答えると、

にこって笑って、あそこはほんとにきれいだよ!と言ってくれた。
世界で2番目にきれいなダイブスポットだから、と。

自分の国を、こんな風にうれしそうに語る人が、わたしは好きだな、と思う。

ほかにすきな所は?と聞くと、地図を指差しながらどんどんどんどん出てくる。
そして、穏やかな声で一言
Yo amo mi pais mucho.

そしてはにかんだように笑った。


やべーーーー
もうこういう一言のために旅をしてるのかもしれないな、とわたしは気づく。
その言葉がわたしをほんとに幸せな気分にしてくれた。
人の+のオーラ、幸せのオーラってこうやって伝わっていくんだ。


さて、バスを降りると、あれがTegucigalpa行きのバスだよ、とそのお兄さんに教えてもらい、
彼は自分の家路へと歩いていく。
私は、そのバスの方へ。

しかしバスに乗って運転手にTagucigalpa行く?と聞くと
行かないよー違うバスだよ!と。  ・・・ちがうやん!

まぁそんなことは別にいいとして、Teguci行きのバスを見つけて乗り込む。と、
バスはめっちゃガラガラで、乗客が4~5人しか乗ってない。
うわーこれしばらく出発しないなーと思ってもほかにバスもないし、
しゃーないからとりあえず座席に着く。
一人乗り込んできた女の人が、何時に出る?と車掌さんに聞いていた。
それで彼は、あと15分くらいで出るよー と答えていたから、あ、よかった と思ったけれど、

案の定、発車したのは一時間後くらい。

CholutecaからTegucigalpaまで結構かかるので、着くの夜遅くになりそうだと心配だったけど、行けるうちに少しでも進んでおきたかったので、そのままバスの中に。

道中、景色はニカラグアとあんまり大差ないけれど、何かがニカラグアとは違って見えた。
乗客の顔立ち、雰囲気、言葉のイントネーション、流れている音楽、
具体的にどこが違う、というのは分からないけれど、なんとなく違う。
それはその変化に気づいているのかいないのかも曖昧な感覚で、
ある意味でははっきりと違いを感じるよりも多くのことを伝えているような
そんなことを考えたり考えなかったり。
とても主観的に。

中がざわざわしてきた、市内についたらしい、とぼーっとした頭で思う。夜8時頃。
でもどこで降りればいいか分からない。まぁにぎわったとこで降りよう。
結局降りようと思ってもどうしようー とかでうだうだしていたら、
結局最後の一人になってしまう。そして適当にTaxiつかまえていきなさい、てな感じで道端でおろされる。

とりあえず誰かに何か聞かないと、と思ってPulperia(ちっちゃいグローサリーストア)に入り、水を買う。
となりで品物を待ってる女の人がいて、目が合うとにこっと笑ってくれた。

同じくらいに店を出たので、すいません、とその人に聞いてみる。

この辺で安いホステルとかしってますか?
その人はちょっと考えて、あるけどきれいじゃないよ、それにこの辺は危ないし。という。
全然かまわないです、一晩だけだしベッドさえあればいいから、とわたし。

すると、ちょっと家までおいで、旦那にも聞いてみるから、と言われ、
とりあえず着いていくことに。


これが、PrecerandoとAmparoの家族との出会いでした。



ホンジュラス編、続く。
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# by liberta_textile | 2009-01-25 07:09 | Honduras '08~09
World watches Obama's inauguration
http://www.time.com/time/photogallery/0,29307,1872900,00.html

写真の笑顔、たまらん。
世界中で、たかが一国の大統領の誕生をこれほどまで祝福した瞬間って
人類の歴史の中で初めてなんじゃないかしら。
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# by liberta_textile | 2009-01-23 10:00
d0088741_3271755.jpg

Momotomboの村。ここからLeón Viejoへ。

遺跡、レオンビエホはその家族の家から歩いて10分ほど。
8時から空いてるよ、とSandraが言っていたので、8時ちょっと過ぎたくらいに家を出た。

ところが着いて、空いてる?と聞くと 9時からだよ と言われた。
でも中で待ってていいよ、といわれたのでベンチでねっころがっていたら
男の人が近づいてきた。
彼はガイドをしてくれた人で、名前はMario。
ただでガイドしてくれる?と聞いたら、ここは世界遺産だからただだよ、と言われた。

ここの遺跡は、先住民のものではなく
スペイン人が植民地時代に建てた、コロニアルの遺跡だ。
だが地震と火山の噴火で町はほろびてしまい、建物の壁が1mほど残っているだけ。

だけれどここの建物は誰が住んでいたとか、何をしていたとか大部分はもう解明され、
昔使われていた植物もそのまま植えられている。
また建築の素材や方法などが年代別にカテゴリー分けされていて、
先住民のスタイルからヨーロッパ人のスタイルへの移り変わりや、その時代の奴隷制度なんかもMarioは全部説明してくれた。
ただ、レオンやグラナダのヨーロピアンな都市で、ヨーロッパ人の傲慢さと権力にちょっと悲しくなった私は
この遺跡で逆に彼らスペイン人に対して、栄枯盛衰、そんな切なさを感じずにはいられなかった。


昼くらいに遺跡を去り、レオンに戻る。そこから今度はホンジュラスの国境へ向かおうと、
まずバス停へ。

そこからChinandegaという町までバスで行く。
バスは、バスというよりも8人乗りくらいの大きいワゴンで、そこに13~14人は乗っていたから狭くて暑い。
(基本的にバスは一杯にならないと発車しない)
窓を開けるも道中は砂埃がすごく、それでも暑いよりはましであけっぱなし。

その砂埃と周りの岩は、なんだかアリゾナみたい。

(この辺はよく覚えていなくて、確か同じバスで国境まで行ったと思うんだけど
Google MapでみるとChinandegaから国境まで結構ある)

とりあえずどこかの町で降りた時にはマーケットがあってとてもにぎわっていた。
入国管理のところまでは結構あるので、歩こうか迷ってたら自転車タクシーに捕まった。

d0088741_259782.jpgこんなの




面白そうだし一回くらい乗りたいと思ってたので、素直に乗ってみた。

乗ってみると、これは、ほんとに楽しい。
道が砂利道だったり穴あいてたりしてたので、かなり揺れて、
落ちるーーーーー!!!とか楽しいーーーー!!とかなんとか
テンション上がって騒ぎまくる。
今まで乗ったことないの?と聞かれ、ないよー初めてだよーと答えると
こいでたお兄さんもまじかーやったーーとかいって
めっちゃはりきってこいでくれた。

入国管理のオフィスまで行くのにひとつ、山なりになっている道があり、
上り坂が結構きつそうだった。
太ったおばちゃんとか、3人以上乗ったりしたらこれ進むのかしら なんて思っているうちに後半の下り坂に。

ぎゃーぎゃーいってるうちに到着。

ニカラグアの方とホンジュラスの方を、別々に手続きをしなければいけないのだけれど、そのお兄さんは待っててくれて、オフィス間も乗せていってくれた。

これはいくら払えば良いんだろう、、、と思ったけれど
結局6ドルくらい払ってしまった。

さて、ホンジュラス入国。
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# by liberta_textile | 2009-01-20 03:44 | Nicalagua '08
ごきげんいかがですか。
わたしは、なんだかんだで今年の12月に卒業できるかもしれません。



さてさて旅の記録。
(写真はいまだに現像出せず。その前にあんまり撮ってなかったから)

目指すは1月9日にグアテマラシティ。あとは一切計画なし。
しいて言えば、
-Tica Busなどの長距離バス(Greyhoundみたいなの)は使わない、(高いし冷房がんがんだし、旅行者用の便利なバスなイメージだから)
-「レストラン」には入らない、(単に私がそれに見合う金とグルメな舌を持っていないだけ)
-タクシーはなるべく使わない。(交通は公共がいちばん)

また

+そこに住む人が使う乗り物を使い、食べ物を食べる。
+人のメッセージに耳をかたむける。出来る限りの人と話す。
+買い物に気をつける。なるべくフェアなものを。

そんなことを頭に入れて、出発。


d0088741_7251075.jpg

モモトンボ火山とニカラグア湖の湖畔、Momotombo, Nicaragua


コスタリカでの授業が終わった次の日
荷物のパッキングをしてたり ホストファミリーにちらし寿司をつくったりして最後の夜を過ごし
その次の12月21日に、冬旅はじめました。

家族の家を朝の4時に出て、ニカラグア国境までのバス乗り場までタクシーで行く。

 (学んだこと、タクシー編:タクシーの運転手と話すのは楽しいけれど、その分遠回りされてメーターの値段を稼がれる。なので無愛想にしていた方が得。一方で交渉制だと、しゃべって仲良くなった方が得。)

が、途中で降ろされる。
しかし運良くその場で会ったおじさんに、ペニャス・ブランカス(国境)行きのバス乗り場まで連れて行ってもらう。
彼には、のちのち二度も助けられることになった。

バス乗り場に着くと、ニカラグア人の長い列。ざっと2時間待ち。
並ぶしかないのかな、朝早く来てよかったな、なんて考えていると
一緒に来たおじさんに、おいでと言われ、彼は何食わぬ顔で、チケット売り場の直前へ横はいり。わたしも後ろへついて入ってしまった。ラッキー。

無事にバスに乗り、国境へ到着。
が、しかし
国境はその何十倍の人々であふれかえっていた。
何人いたか見当もつかない。列を逆にたどって歩いてみても最後尾にぜんぜん着かない。
並んでいたらきっと丸一日はかかる。わたしの旅は3週間しかないのに。
どうしたもんかと途方にくれていると、さっきのおじさんに遭遇。
荷物を受け取ったりしていたらしい。
どうするの?と聞くと、彼は通るのにパスポートもスタンプもいらないと言う。
(いったい彼は何者なのか、最後までわからずじまい。)
それはさすがに着いていけないなぁ なんて言っていると
さっきみたいにばかなやつ見つけて入っちゃいな、と言われた。
出入国管理の前はフェンスで囲ってあって、一定の人数だけ中に入るようになっている。その時、ちょうどフェンスが開く時で、列がちょっとした団子になった。今だーーー

入れました。
後ろの人にさっきこの中国人いなかったよね、なんて言われても
ごめんね、ありがとう といって笑顔でかわす・・・ ごめんなさい
何時間待ってたの?なんて超annoyingな質問をして後悔するも
5時間くらい、と答えてくれた。 ・・・案外そんなもんか。

 (学んだこと、バス編:長距離バスは好きじゃないけれど、出入国手続きをスタッフが一気にやってくれるので、ニカラグア-コスタリカ間は、シーズンによってはきっととっても便利。他の国境は全然並びませんでした。)


無事に出入国も済み、問題はここからマナグアまでどうしよう。定期的に、普通に出てるバスはなさそう。

駄目もとで長距離バス、Transnicaが出発しそうだったので、5ドルでマナグアまで連れて行ってくれないか、交渉。そしたら意外とあっさりOK。でも席がなかったので、一番後ろの、席と席の間の通路に腰をおろした。

マナグア、グラナダは11月に行ったので、今回は素通り。現時点での目的地はレオン。でもマナグアに着いたのが夕方5時くらいだったので、マナグアで一泊しようかレオンに行ってしまおうか(レオンまでは所要2時間ほど)迷ったけれど、結局レオンへ向かった。


レオンに着いたときにはもう日が落ちてまっくらだった。
バス停は地球の歩き方の地図外で載ってないし、おなかはすいたし
タクシーの勧誘はしつこいし
とりあえず屋台のおじいさんを見つけたので、ごはんとチキン、サラダを頼む。
ごはんはぱさぱさだし、チキンは冷たいし、サラダはちょっと不安だったけど、
空腹だったので、別に気にせずぜんぶ食べる。計1ドル弱。
この辺でユースホステルある?と聞くと、あるよーと、2つ3つ教えてくれた。
10時まで空いてるから分からなかったら戻っておいで、と言ってくれ、別れる。

ホステルは簡単に見つかった。でも一泊10ドルくらいした。
シャワーは水な挙句、その水も出ない始末。コンクリートの壁をゴキブリが通ったのには参ったけれど、なんとか就寝。


次の日は、レオン市内を見てまわろうと思い、ホステルをあとにした。
中央公園に行く途中で、市場を通る。
レオン、グラナダ、その他小さな村なんかは、農作物を運んだり 足にしたりするのに、馬を使う。また、三輪自転車のタクシーもたくさん走っている。
市場は、狭い道を そんなものががたがた走っていて、人であふれかえっていてとてもにぎやか。野菜や果物、豆や米なんかが並んでいて、ちょっと中に入ると、肉(小さい豚や鶏がまるごとつるしてあったり)や魚、卵、チーズなんかも置いてある。

市場を抜け、中央公園へ。
レオンは植民地時代のなごりがのこっている都市で、建物はコロニアル調、教会も豪華なものが多い。道路は石畳で、家々の柵の模様がとてもきれい。

道行く途中である女の人からパンを買う。Pan de lecheといって、パンなんだけどぽにょぽにょもちもちした感触。公園に着いたら食べようと思って手に持って歩いていると、
荷車の上で寝ていた男の子に会う。
呼び止められ、腹減ったからそのパンちょうだいと言ってきた。
たった今買ったばかりなのにあげられるかい、なんて思ったけれど、
わたしも食べたいから半分ね、と言ってはんぶんあげた。

美術館などを見たあと、またその通りを通ると、その男の子はまだいた。
名前はFransisco。パンおいしかった?と聞くと Si!と答えてにかーって笑った
その笑顔でわたしはおなかいっぱいです(パンもはんぶん食べたけれど) ありがとう

レオンからバスを2つ乗っていったところに、世界遺産の遺跡がある。
午後はそこに行こうと思ってレオンをあとにした。

だがレオン・ビエホ(遺跡の名前)へのバス停がわからず、聞いてもみんな適当なことを言うのでよくわからない。最終的におじさんがバス停まで行くトラックバスを教えてくれた。値段も一緒に(3コルドバ)。
バスを捕まえ、車掌が値段を言ってくる。「10コルドバ」
あほかい、といって3コルドバ払う。10コルドバでも50円くらいだから、払ってしまう旅行者もいるんだろう、前もって教えてくれたおじさんに感謝。

レオン・ビエホへは、ラパス・セントロで降りて、モモトンボ行きのバスに乗り換える。
だがバスの中はぽかぽかしていて風も気持ちよかったので、爆酔していた私はラパス・セントロを乗り越した。
結局ラパスへ着いたのが2時ごろ、モモトンボ行きは3時45くらいに出発だという。
レオンビエホが閉まるのは確か午後4時とか。この辺にはホテルはまったくない。

どうしようと思っていたら、ラパスで、ある家族と知り合った。
お母さんの名前はSandra、男の子はWilson。8歳。
バスが来るまでWilsonと、落ちていたプラスチックのスプーンと石で、ずーっとぱちんこをして遊んでいたり、Sandraとお話したりしていた。
レオンビエホに行きたいんだけど、ホテルとかないんだよねぇ?と聞いてみると、
なんと、うちに泊まっていいよ、と言ってくれた。

バスでラパス・セントロから40分くらい、
モモトンボはとても静かな村。湖に面していて、湖畔は砂が黒い。道路はバスの通るメイン道路しか舗装されていない。乾季は砂が舞い、雨季はぬかるんでたいへんだとか。

近所づきあいはとても多くて、Sandraはすれ違う人みんな知り合いみたいだった。
Sandraの家族と、晩御飯を星空の下で食べた。家族は今女ばっかりで、お父さんも息子たちも仕事でマナグアまで行っているらしい。クリスマスには帰ってくるんだよ、と話してくれた。

次の日の朝、その家族のもとを去り、レオンビエホへむかった。



ニカラグア編、
長いので続く。

おやすみなさい。
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# by liberta_textile | 2009-01-17 18:13
(一個前の日記読んでから読んでもらえるといいかも
この変わりっぷりはきっと笑えると思うww
....自分でもあきれるわ笑)




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なんて今書いたけれど



うじうじしてるひまなんかねぇーーーーー

生きてることに感謝しないと始まらん!

こんなすごい人が、おもろい人が、いい人がうじゃうじゃいる世の中で

いろんな人に出会える可能性がある世界に生まれてきて

幸せでないはずなんてないわ まったく



こんなにみんな違うんだから そんなん

ひとそれぞれいろんな困難あって当たり前じゃ あほか私は

それなのにみんな精いっぱい生きてんじゃねーか

自分自身否定している場合じゃないだろ

頭悪かろーが なんだろーが

私より頭悪い奴なんていっぱいいるわ

そんな奴等だってそんなんどーでもいいとばかりに自分の人生楽しんでんじゃねーか

私よりずっと生き生きしてるわ



てなわけで、ある人の言葉で目が覚めた。

世界に感謝。



アディオス
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# by liberta_textile | 2008-12-18 02:03